BIMで建築が夢をみる

#05 探し当てた大阪大学の笹田研究室には足繁く通うことになる

今でも、東京駅から新幹線に乗り、新大阪駅に着くと、地下鉄に乗り換えて、千里中央に向かうかなというデジャブに襲われることがあります。それほどの回数も、足繁く通ったのが今は亡き笹田剛史教授の研究室でした。

建築知識(現エクスナレッジ)で「建築とコンピュータ」誌の企画が進行する中で、ブレインにもなっていただき、実験的な試みも取材できる組織を探していました。関連する論文などもあたり、探し当てたのが大阪大学工学部環境工学科の笹田剛史教授の研究室でした。その後、82年から84年までの全4号において、継続的にCG作品を提供してもらうことになりました。

写真にあるのは創刊第2号の表紙です。建築に関わる方であれば、すぐにわかるはず。新宿副都心の高層ビル群のCGです。これら作品を制作する過程を取材し、記事にする中で、それ以降の編集者としての目指す方向は決まったといえます。

出典:「建築とコンピュータ」第2号表紙(旧建築知識):新宿副都心のCG(大阪大学工学部環境工学科笹田研究室製作)

沢山のことを学び、幾多のやりとりもありましたが、前稿でも説明した工学とアートのバランスについての逸話を紹介します。京都五山のCGを作成した時です。山の斜面に点景として樹木を配置することになりました。樹木担当の学生が最初に試みたのは、一枚一枚の葉のデータも作り、徹底的にリアルさを追求する方法でした。使用できるデータ容量も限られている中で、その学生は一本の樹木を作り、バリエーションも生成しつつ、ライブラリー化することを試みました。

ところが、いざ配置してみると、樹木が集合しても森には見えずという事態となりました。そこで大いに検討したのは、工学的に「正」なのが、人には「そう見える」とは限らないことでした。結局、樹木の、今でいうLODを粗くして、より抽象化、デフォルメする方法で、「そう見える」森が実現しました。昨今の3次元システムでは、樹木などの植栽も実にリアルに表現できますが、当時は、そんな大変な苦労がありました。

似たような事態も起こっています。光源を複数設定し、照度計算も行い、室外からの光線も時刻設定するなど徹底的に正確さを期します。ところが、あまりにも「正」すぎて、「美しく見えない」ということもあるわけです。工学とアートの両方の要素を包含する建築のユニークな一面でもあります。

笹田研究室から巣立った学生諸氏は、その後、大手ゼネコン、設計事務所などでも活躍し、現在に至る「建築とコンピュータ」の新しい領域を切り開いていきました。

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